こんにちは、みちょるびんです♪
岐阜市の長良橋南・川原町バス停でバスを下車したあと、みちょるびんは荷物を預けるためにまずは宿泊する旅館に赴いた。
もともと一人旅を想定していたこともあり、鵜飼観覧からの帰りが遅くなってもすぐに旅館に戻れるように、鵜飼観覧船の船着場に近い、立地のいい旅館を選んでいた。
きっと観光客はたくさんいるだろうし、夜道が怖い・・・ということにはならんのだろうが、日中の観光による歩き疲れが危惧されたので、いずれにせよ近い方が良いと考えたのだった。
一緒に名古屋から長良川にやって来た友達のコウちゃんは、残念ながら宿泊はできないのだが、夕飯と鵜飼観覧は共にするということで、旅館にはそのアレンジをお願いしていた。
鵜飼鑑賞はともかく、旅館の夕飯へのジョインが許されるとは思いもよらなかったので驚いたが、旅館のはからいは大変ありがたかった。
旅館のロビーを軽く偵察し、トイレを借りたらすぐに金華山に向かった。
標高329mの金華山は、岐阜市の中心部に位置し、かつては稲葉山と呼ばれていたのだそうだ。
山頂には、岐阜駅からも臨むことができた岐阜城がそびえ立っており、岐阜駅や移動中のバスの中からもその姿を捉えることができた。
そう、目指すは、岐阜城である!
ただ残念なことに岐阜城は、1956年(昭和31年)に再建されてから半世紀以上が経過していることから、ちょうど改修工事を行っているところであった。
そのため令和9年10月末(予定)まで中には入れないということは、事前にネットでその情報を掴んで知っていた。
とは言え、せっかく来たのだから、間近で拝みたいではないか!
コウちゃんも初めから長良川観光に金華山は外せないと考えていたようだった。
麓にある岐阜公園からロープウェイが出ているので、まずは岐阜公園に行った。
旅館からは徒歩10分くらいであった。
その途中で、大宮陸閘(りっこう)を通った。
陸閘とは、道路上に設けてある、堤防の役割を果たす開閉可能な門扉のこと。
通常時は車両や人の通行のために開いているが、河川の増水時や高潮、津波に備える際などには閉鎖することになる。
長良橋陸閘は、長良川にかかる長良橋の右岸の長良陸閘と左岸の大宮陸閘からなる。
1959年(昭和34年)の伊勢湾台風と翌1960年(昭和35年)8月の台風11号・12号による洪水時に、この大宮陸閘箇所から溢れだした水が岐阜市内に溢流、氾濫したため、その対策として陸閘が設置されたのだそうだ。
しかし、無知とは恐ろしい―――。
みちょるびんは、災害のことだとか、ちっとも知らなくて、ただ何やら、説明が掲げられていたのを見かけたので、とりあえずその案内板を写真に収めてはいたものの、肝心の陸閘そのものは写さずじまいであった・・・。
今、思い起こすと、コウちゃんが地元の人と河川氾濫の話をしていたのも、こういった背景があったからであり、今頃になって気がついたお粗末なみちょるびんなのであった・・・・(- - ☆)。
さて、岐阜公園内にはいくつか食事処が設けられていた。
コウちゃんが、少し小腹が空いたとかで、団子屋でみたらし団子を買って食べた。
時刻はまだ13時前であり、1本くらいなら17時からの夕飯には影響しないだろうと考え(「名古屋、長良川旅行!(7.長良川へ!)」)、みちょるびんも便乗した。
焼き目のついたところなどは特に香ばしくておいしかった。
何本でもいけそうだったが、そこはがまんした。
ロープウェイでは、高度が高くなるにつれ、どんどんと視界が開けていく下界の様を見るの好きなので、進行方向向かって後ろの窓側付近を陣取り、景色を楽しんだ。
それにしても、調査不足であったが、ロープウェイを降りてすぐにお城があるわけではなく、山頂駅から更に階段を登って行く必要があった。
登山の心づもりがない中、階段が現れた時は少しテンションが下がったが、コウちゃんと会話しながら楽しく登れたのは幸いだった。
歩き始めてすぐに分かれ道に差し掛かり、右か左かの選択を迫られた。
左はカフェに続く道だったので、真っ直ぐ、お城を目指すことにした。
おしゃべりのお陰で、あっという間に到着したという印象。
岐阜城は切り立った崖の上に建っていた。
その城は、かつて稲葉山城と称し、戦国時代には、斎藤道三公の居城でもあったとのこと。
特に岐阜城の名を天下に示したのは、織田信長。
岐阜城を天下統一の本拠地とした信長が、この地方一帯を平定するとともに、地名を「井口(いのくち)」から「岐阜」に改称したのだった。
城がせっかく目の前にあるというのに、フェンスに囲われ中に入れないのは残念だった。
復路はカフェの方を通った。
幸い、カフェの屋上が展望デッキになっていて、360度見渡すことができるようになっていた。
城付近からよりも格段にこちらの方が眺望は良かった。
うねるようにして街を走る長良川も見渡すことができ、コウちゃんに「この景色をみちょるびんに見せたかった!」と言われ、うれしかった。
コウちゃんが、あれこれ遠くに見える場所を指して説明してくれた。
名古屋駅から岐阜長良川までは、電車とバスを使って1時間かかるほど距離が離れているというのに、コウちゃんの家の近所からもこの岐阜城が見えると言うのだから驚いた。
この辺一帯は濃尾平野であるので、その成せる業ということだった。
みちょるびんの故郷は「坂の街」とも言われる長崎。
世界新三大夜景に指定される稲佐山からの眺めは絶景で、それはもう自慢であるが、さすがにお隣の佐賀県が見えることはない。
そんな環境が当たり前に育ったみちょるびんからすると、名古屋と岐阜がつながっているのが目で見えるということが、なんだか不思議な感じがしたのだった。
(つづく・・・)
以上、みちょるびんでした!





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