こんにちは、みちょるびんです♪
鹿児島旅行最終日(7)。
城山展望台(「鹿児島旅行!(35.城山展望台。)」)から西郷隆盛銅像のところ(「鹿児島旅行!(36.城山周辺コース。)」)までタクシーで下って来たみちょるびんと母・マミー。
時刻は15:00になろうとしていた。
西郷隆盛銅像のすぐ近くには小松帯刀銅像もあった。
正直なところ、みちょるびんにはこの小松帯刀なる人物がどのような活躍をした人なのか知らなかった(- - ☆)。
観光案内所でもらったパンフレットによると、喜入領主の肝属兼善の三男として生まれた小松帯刀は、島津家28代当主・島津斉彬の命により小松家の養子となり、その後、若くして薩摩藩家老となり、西郷隆盛・大久保利通といった薩摩藩士の活動を支え続けた人物・・・とあった。
マミーは感心なことに小松帯刀のことをちゃんと知っており、ファンだととすら話していた。
パピーの生前の頃は、マミーは日曜の夜は欠かさずパピーと二人でNHK大河ドラマを視聴していたから、マミーも自ずと歴史通になっていたのだった。
そこから朝日通りを目指して10分くらい歩いた。
朝日通りからは路面電車が走っていたので、路面電車に乗って鹿児島中央駅まで戻ることにした。
バスには既に乗っていたので(「鹿児島旅行!(3.恐るべし85歳。)」)、今度は路面電車に乗ってみたかったのだ。
鹿児島中央駅と指宿駅を結ぶ特急「指宿のたまて箱」も内装も凝っていたが(「鹿児島旅行!(20.「指宿のたまて箱」♪)」)、市電のそれも珍しいものだった。
木材がふんだんに使われていて、窓の方を向いて座る椅子などは目を引いた。
天井の方には鹿児島名産の切子がデザインされるなどのこだわりが見られ、楽しませてくれた。
写真に収めたかったが、途中でたくさんの人が乗り込んできてしまったので、車内を撮影できなかったのが残念。
車掌さんが、後続の電車に乗るようお願いし、お客さん全員を乗車させなかったことが印象的だったが、マミーも「長崎だとギュウギュウに乗せるのに!」と感心していた。
乗車してすぐ、両替のために先頭の車掌のところに出向いたみちょるびんであったが、釣銭が不足しているとして、後尾の両替機を利用するように車掌さんに言われた。
その時はまだ車内が空いていたので、かろうじて後ろの運転席を撮ることができたのだった。
さて、この記事を書くにあたり調べてわかったことなのだが、みちょるびんたちが乗った路面電車はやはり特別なものだったらしい!
2019年4月、「鹿児島市交通局9513」が内外装をリニューアルしてできた「NexTram KIRIKO」(ネクスト トラム キリコ)であった。
「NexTram KIRIKO」は、その前年・2018年が明治維新から150年という節目の年で盛り上がりを見せたことから、その持続と拡大を狙った企画により誕生したものなんだそうで、県の工芸品「薩摩切子」をモチーフに木材がふんだんに使われているんだとか。
全国の博物館や公共施設を手がける、鹿児島市出身のデザイナー・砂田光紀さんによるデザインで、車体はロイヤルブルーを基調とした塗色で、車内はパノラマシート席やハイバックソファー席も設置され、床はモザイクフローリングとなっているとのこと。
みちょるびんは床のモザイクまでは気がつかなかったが、なんだかスペシャルな感じは伝わっていたのだ。
特別な電車に偶然乗り合わせたのだから、ラッキーだったと言えよう!!
鹿児島中央駅には15:30頃に到着。
指宿から乗った鹿児島中御駅13:48着の特急「指宿のたまて箱」では「いぶたまプリン」くらいしか食べていなかったので(「鹿児島旅行!(33.JR指宿駅。)」)、そろそろお腹も空いてきていた。
新幹線に乗車する前に、車内で食べる用におにぎりを買った。
そしてマミーの提案で薬局に寄って、薬やガーゼなどを購入した。霧島の丸尾滝で負傷した足をケアするためのものだった(「鹿児島旅行!(14.負傷!)」)。
防水用カットバンの説明書に、5日間くらいつけっぱなしでも問題ないとあったことをいいことに、温泉に入りたかったこともあり、あれからずっとつけっぱなしにしていたのだ(「鹿児島旅行!(18.最後の追い込み!)」「鹿児島旅行!(30.脱衣場にて。)」)。
長崎に帰ったら、ちゃんと手当しなきゃいけない。
みちゃるびんたちは予定通り、16:17鹿児島中央駅発の新幹線に乗車した。
往路の時と同じように、途中で2回電車を乗り換えた(「鹿児島旅行!(2.出たとこ勝負!)」)。
新鳥栖で17:43発のリレー列車に、武雄温泉で18:26発の新幹線に、それぞれ70分、40分、30分の乗車。
新鳥栖での乗り換えには14分ほどあって、屋外のホームで列車を待つことになった。
すでに辺りは暗くなっていて、風がとても冷たかった。
霧島を観光した日も寒かったが(「鹿児島旅行!(13.丸尾滝。)」)、その比ではない寒さであった。
零下にまで下がっているんじゃないかと感じた。
長崎には18:57に到着。
駅で晩御飯を食べたあと、家まではタクシーで帰った。
タクシーの運転手さんによると、その日、長崎では初雪が舞ったということであった。
やっぱりそれだけ、寒かったということである。
鹿児島への旅立ちの朝、7:46発の新幹線で長崎を発ったマミーとの鹿児島3泊4日の旅―――。
ここに完結した。
(完)
以上、みちょるびんでした!





