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考察:その人物恐怖症。④

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 こんにちは、みちょるびんです。

  「正直」でいようと思うと「毒舌になりがち」というのが、みちょるびんの気がかりな点です―――(「考察:その人物恐怖症。③」)。

 この「毒舌になりがち」というのは、もしかすると一つの個性だったりもするんだろうか・・・?
 つまり「正直」でいたとしても、誰でも彼でも「毒舌」にはならない??
 いやでも、いろんな考えがあって、全員が全員、同じ意見にならない限りは、「毒舌」になってしまう可能性は誰にでもある・・・!?
 だけれど、その異なる意見が必ずしも「毒舌」に置き換えられないのだとしたら、そこにはやっぱり、相手に対する「思いやり」があるから?

 そうなんだよね―――。
 「正直」が「毒舌」に直結しない理由は「こんな風に言っては悪い」という相手を思いやる気持ちが存在するから。

 例えば、映画であるとか、何かの作品に対して「つまんない」という感想を抱いたとしても、「つまんない」と言い放つことがはばかられるというか・・・。
 まぁ、映画はさすがに、お金を取って商売をしているプロなのだし、その映画が好きと公言する人の前でない限り、気を使うことなく気軽に自分の感想を述べることはきるのかも☆
 だけどそれが、‘知り合い’の作品ともなると、とたんに言いづらくなる―――。

 そうね、例えば、全てを手作りでやっている素人演劇集団とか?
 脚本にしろ、演出にしろ、演技にしろ、とにかくツッコミどころ満載だと思ったとしても、その長きにわたる苦労を知っていたりすると、とてもじゃないが「つまんなかった」なんて言えない・・・よね?
 もちろん、むしろ真の感想を伝えることこそが、相手の向上につながるということだってあるわけで、応援しているからこそ、本当のところを伝えるということはあるでしょう。
 でももし相手が、そこで満足しているという状況があり、またそれを自分もわかっているのだとしたら、わざわざ一石を投じて、トラブルを引き起こそうという気にはならないだろう。
 別に、いつもかつも「正直」な意見を発表して、わざわざ人間関係を悪化させる必要はないわけ。

 他方で、自分の考えに対してこだわりを持っている人の場合は、その真の発表を控えることが難しくなってくることだってあるのかも知れない。
 単に性格的なもので、中途半端なことが気持ち悪いということもあるかも知れないが、例えばそれを商売としているような――評論家であれば、‘仕事’に対する信頼を集めるためには、あるいは自分のプライドのためにも、発言には一定のクオリティを保ちたいと考えることもあるかも知れない。
 「毒舌」が、自分のパーソナリティの中心にあると考える場合、それを譲ってしまうと、もう自分ではなくなってしまいそうで、主張せざるを得ないというようなこともあるかも知れない。

 だけど、「毒舌」と「悪口」の線引きにも、難しいところがあって厄介。

 「毒舌」は、その人のキャラクターを構成する一つの個性として受け入れられる場合があり、それがその人を唯一無二の存在として価値を高めることに繋がっているのだけど、それが「悪口」として受け取られると一転、そのヒトの評価は著しく低下することになる。
 そういう時は、多くの場合、感情的になって、冷静さを欠いている時のように思う。
 だから醜く感じられるんだと思う。

 一方「毒舌」となると、主観的でありながら、おそらくそこには客観性というものも同時に働いているように思う。
 その場に一緒にいる人たちの空気を的確に読んでいるということもあると思うし、その場にいる人たちが不快に感じない、ギリギリのところを攻めることができるある種の‘勝負師’でもある。
 皆の、自分でも気が付かなかった本音を代弁して、うまく共感を呼ぶことも考えられるし、あるいは、皆の思いもよらない新しい視点を提供することで感動を与えているのかも知れない。

 それに何より、実は、その毒を吐く相手に対して「愛」がある。
 そのことを周囲がちゃんと感じ取ってくれているのであれば、結局それは、「毒」ということだけで処理されることはないのです。

 お笑い芸人等の中には、相手のことをイジッて、皆を笑わせるということを得意とする人がいます。
 一見、相手をオトシメテいるように見え、やもすればイジメにも受け取られかねないこともある。
 だけど皆、その人の相手に対する「愛」を知っているからこそ、安心して笑って見ていられるんだと思う。
 だから、敵意むき出しとか、相手のことを馬鹿にしている、嫌っているというような醜い感情が垣間見えてしまうと、とたんにこちら側もイヤな気分になる。
 発する言葉そのものにも、トゲがあるように感じられ、いたたまれなくなる。

 「毒」を吐く側も「毒」を受ける側も、確固たる信頼関係があるからこそ、「‘毒舌’芸」として成立する。
 そのバランスが崩れ、受け手が少しでもそれを苦痛に感じた時、もうそれは「毒舌」ではなく「悪口」に変わるのでしょう。

 総合的に考えると、技術がない人が、気軽に「毒舌」は吐かない方がいいってことになりそうだよね☆

                             以上、みちょるびんでした!

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