こんにちは、みちょるびんです。
昨日の火曜日は、また、仮装している人を見ました!
家の近所の小学校では、校庭で、子供たちがドッチボールをして遊んでいましたが、その中に、コスチュームを着ている子を見ました。
あれ? 頭がトンガっている子がいるなと思って、ようく見ると、ネコの耳をしていて、お尻には長細いシッポを垂らしていました。
また、みちょるびんの職場がある雑居ビルでは、グラサンをしたパンダの格好のおじさんともすれ違いましたよ!
当地の地元出身の友人に訊いてみたところ、この仮装は「カーニバル」によるものなんだそうです。
昨日の記事「予定外の訪問者。」では、「当地ではイースターに仮装を行う」という説明をしましたが、「イースター」というよりは、その前にある「四旬節」と関係があるようです。
日本大百科全書(ニポニカ)で「カーニバル」を調べてみたところ、カーニバルは、キリスト教の文化という説明がありました。
日本語では「謝肉祭」と訳されるそうです。
この「四旬節」とは、キリストが復活するイースター(復活祭)までの40日という期間を指すのだそうで、四旬節期間中は、キリストの断食をしのんで‘肉食を絶つ’というような習慣があるのだそう。
それで、その‘肉断ち’の前に「謝肉祭」(カーニバル)を行って、肉を食べて楽しく遊ぼう!ということらしいです。
農山村では豊作・多幸を祈念する「春の祭り」として行われ、古くから伝わる仮面・仮装や張り子の偶像は、悪霊に対する威嚇を象徴しているのとのこと。
そういえば、以前、みちょるびんは、当地でも有名な地方のカーニバルを訪れたことがあり、大きな‘張りぼて’を引いて、地元の人が練り歩く様子を見学したことがあります。
確かに、怪獣やカエル、魔女等、グロテスクなルックスをした偶像がモチーフになっていましたが、威嚇の意味があったんですね。
それに対し、都会では、仮装や張り子の偶像による行列などが盛大に行われるとのこと。
「カーニバル」と聞くと、孔雀のような大きな羽をつけて軽快なリズムで踊るセクシーなお姉さん・・・という強烈なインパクのあるブラジルのリオ・デ・ジャネイロのカーニバルを連想してしまいますが、独特な仮面と中世の出で立ちで有名なイタリア・ベネチアのカーニバルも、世界三大カーニバルの1つに数えられていますね。
これらのカーニバルは、全く別物である印象を受けますが、元を正せば全て、キリスト教の文化に起源を持つんですね。
冒頭に登場した、みちょるびんの友達の話では、当地では以前は、仮装する際は、鬼であるとか、’恐ろしいもの’に扮していたそうです。
「居座っている寒い‘冬’」を追っ払って、早く「暖かい豊かな‘春’」を迎えたいという願いからなんだとか。
「ニポニカ」の地方開催カーニバルの説明にあった「悪霊に対する威嚇」と通じるところがあります。
なるほど、そんな狙いがあったとは!
ただ、最近は、いろいろな文化がミックスされてきていて、今や‘恐ろしい格好’に限定はせず、各々好きな楽しい仮装をしているということのようです。
気づくと、もう3月ですもんねー。
当地では、一時は13度くらいにまで気温が上がったこともありましたが、その後また、雪が降るなど、気温も上がったり下がったり・・・。
でも、少しずつ空には青空が戻ってきて、日の光もずいぶん柔らかくなってきたように感じられます。
春はもう、すぐそこまで来ているという感じです。
当地では、幸い、ウィルスの規制もだいぶ緩和されてきましたが、ウィルスが消滅したわけではありませんし、まだまだ緊張感を持って行動しなければなりません。
マスクをつけることは、自分の身を守ること。
それと同時に、相手に対する思いやりでもあります。
互いに想い合うことで、私たちは、この2年もの長い間、人類の脅威・ウィルスと闘ってきました。
世界中の人たちが、一丸となってこのウィルスに立ち向かっており、私たちは、同じ地球に住む、言わば同志、仲間です。
そうやって、私たちは、この未知のウィルスから無事に生き延びてきたというのに、その大切な仲間が今度は、人為的なものによって脅かされているという状況があります。
とても、悲しい。
暖かい春の恵みが、同時に、世界に平和をもたらすことを、切に祈ってやみません。
以上、みちょるびんでした!