こんにちは、みちょるびんです♪
【きままにSD!とは】
当「ぷぷっ・ピィ・DO」では、「1日1記事」を目標に、活動しているところです。
しかし、毎日仕事をしていると疲れてしまい、体力的にもなかなか難しい(- - ☆)。
そんなわけで、たまには気軽に「ショート・ダイアリー」をお届け♪
「ショート・ダイアリー」(Short Diary)、略して、SDです!
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「充実」って、どういうことを言うんだろう?と思う―――。
最近、気に入って見ているテレビ番組がある。テーマ毎に哲学者、心理学者、社会学者等の専門家が出てきて、質問者と対談するというスタイルのもの。
私は、昨年10月に、仕事が原因で体にじんましんができてからというもの、ずっと気分が沈みがちでいた。そんなこともあり、このところ、自分が持っていた啓発本を読み返すなどして、「幸せ」について考えていたのだ。
だから、このテレビ番組から、その大きなヒントを得たような気がしている。
自分でも少し感じていたことではあるが、自分にとっての「幸せ」とは、ヒトの役に立つことなんじゃないか、と。
そうしたら、ある専門家が、「幸せ」とは、「自己充実」と「他人からの承認」だと話していた。
「他人からの承認」は、「ヒトの役に立つ」を言い換えたものではないか。
例えば、私が後進の役に立てればと信じて取り組んでいたつらい仕事も、「他人からの承認」が得たかったのだと思うと、納得がいく。
では、「自己充実」の場合はどうか。他人から承認されたからといって、充実感が伴うかどうかは別問題である。
私はずっとこれまで「充実感が得られないでいる」という気持ちを抱きながら過ごしてきたと自分のことを思っていた。しかし、過去のメモを見返してみた時に、2004年に、宝石鑑別のための1つのコースを修了すべくがんばっていた頃のことを、「充実していて楽しかった」という感想を残していたことがわかった。自分にも充実していた時間があったのだと、少し驚いた。あの時は、短期間で集中してそのコースを終了させたが、その間とても熱中し、そして目的を達成することができたのだった。だからこそ、「充実していた」という気持ちになれたんじゃないか。もしかするとそこに喜びが伴わないと、「充実」にはならない?
別のヒントも得た。これも、哲学者が話していたことであるが、人の欲望には「一般欲望」と「自分自身の固有の欲望」の2種類があるということである。「一般欲望」とは、お金があって、地位があって、名誉があって・・・という具合に、一般的に皆が「いい」と思うもの。それに対し、「自分自身の固有の欲望」は、個人的な欲望ということになるのだそうだ。
思うに私は、一定の職があり、安定した収入がある・・・そういった観点からはある程度「一般欲望」を満たしているということになるのではないか。それだのに、私の心が晴れず、充実感が得られないと感じている理由は、要は、「自分自身の固有の欲望」が満たされていないから、ということだろう。
「自分自身の固有の欲望」が満たされれば、「充実」することができる---?
今、既に持っていると考えられる「一般欲望」に対する「他人からの承認」はこのままキープして、別途、「自分自身の固有の欲望」を満たすことができるよう、考えてみればいいんじゃないか。
感覚的に、わかっていたことではある。だからこそ、自分の好きなことや自分の性格分析であるとか、自分探求に熱心だったわけである。だから、こんな風に理屈づけできたことは、大きな成果だと思う。思考の整理ができたような気がする。
私は、「一般欲望」と「自分自身の固有の欲望」を混同していたところがあった。だから、自分の真の欲求をなかなか見出せなかったんじゃないかと思う。
専門家によると、「一般欲望に抗う固有の欲望を育てる」ことが大切らしい。そして、「考える」ことは、有意義であるらしい。意志がなければ、道は開けないということだ。
豊かに生きるということは「充実感があり、不安が抑制されている」ということらしい。
確かに、不安がないはずはないのだ。若い頃は考える必要がなかった「老い」「病気」「老後」などが身近に感じられるようになってきており、不安に感じることもある。しかしそれは、誰だって同じこと。で、あれば、どれだけ存在するその不安を抑制できるか、ということが鍵になってくるんじゃないか。
漠然と不安に感じていてはいけない。現実に起こっていることならば、対処すべきだろうし、恐れに起因していることであれば、予防する努力をすればいいのだ。
なんか、見えてきたような気がする。不安に対しては、具体的に絞り込んで、どう対処できるのか検討してみることにしよう。
だが、「自分自身の固有の欲望」というのが、少し難しいかも知れない。自分自身に向き合い、その根底にあるものを探らなければならないのだから。
以上、みちょるびんでした!