こんにちは、みちょるびんです。
【ある日の日記】
今日は、故郷を発って、東京に帰る日。
歯医者の帰り、少し、歩いてみたくなった。
通っていた高校がどうなっているのか、裏門あたりを見たくなって、行ってみた。
門は開けっぱなし。
そういうもんか?
新学期は既に始まっているのだろうが。
不審者対策とか大丈夫なのか?
部活動用の部室が入っていた昔の建物はなくなり、新しいのができていた。
私が所属していた演劇部はどうなっているのだろう?
母校を過ぎ、近くにある別の高校の方に移動した。
その近くには、子供の頃に通っていたピアノの先生の家があるはずだった。
行ってみたくなり、そちらの方へも回ってみた。
おそらく、昔の家ではなくなっているのに違いない。
記憶は定かではないが、うっすら残っている記憶のものとは違っていた。
なんとなく、学校の脇を通って、もう少し先に行ってみたくなった。
小さな公園があった。
遊んだ記憶がある。
校舎の方からは、学生の声が聞こえてきた。
平日の午前中だから、授業なのだろうか。
いつも、この辺りを歩くときは、学生の声が聞こえていた。
コーラスの歌声だとか。
学校のエリアを抜け、さらに先に進んだ。
この奥には、高台があったはず・・・。
記憶を頼りに、階段を上がってみた。
視界が開け、そこにはグランドがあった。
グランドの奥の方には、テントを張って、おじさんたちが集まっていた。
「お茶を飲んでいかないか」と声をかけられたが、私は笑顔で会釈だけして、更に、その上の高台を目指した。
頂上の高台には、石碑が立っていた。
お国のためにがんばろう・・・みたいな内容の文字が刻まれていた。
街を見下ろしてみると、街の中を川が通っていた。
そして、そこに架かる橋を、人が渡っているのが見えた。
私が、この高台から見ていることは、彼らにはわかるまい。
あるいは、私自身も、あの辺りを歩いている時、誰かがこの高台から私を見下ろしていたかも知れない。
なんだか、不思議な気がした。
昨夜は、雨が降っていた。
だから、地面はまだ濡れていて、木々はしっとりとしていた。
私は、雨に濡れた石畳や木々が好きだ。
空気が澄んでいるように感じるし、気持ちも落ち着く。
私は、子供の頃に遊んだ小さな公園の中を抜けて、今度は、実家の近所にある公園に立ち寄ってみた。
子供の頃、従姉妹たちとよく遊んだ公園だった。
その公園は、当時と比べると、随分変わっていた。
公園をぐるりと囲んでいた植込みは切り落とされ、見晴らしがよくなっていた。
また、公園の遊具の多くが取り払われ、平地になっていた。
だが、公園の標識は、昔のままだった。
これは、いつまでも、このままであってほしいものだ。
そして、藤棚も。
昔は、この木によじ登ったりしたものだった。
子供だったから、大きく見えたのか、それとも、木がやせ細ってしまったのか?
以前の活力は感じられなかった。
木もやはり、年を取るのか?
ゴミ箱の上に、黒い丸いものが乗っていたので、ゴミ袋かと思ったら、猫だった。
藤棚の近くにも、目つきの悪い猫がいた。
大きく丸く、逃げないところを見ると、人に慣れているのか・・・。
実家から、この公園に来て、公園を一周ぐるりと回って帰るコースは、さほど負担なく、とてもいいウォーキングコースではないだろうか。
ウォーキングを始めた父・パピーに提案してみようかな?
故郷に滞在している間、私も、もっと歩けばよかった。
天気があまりよくなかったということもあるが、今更ながら、ちょっと、残念に思った。
公園からの帰路に見えていた、私が子供の頃に勝手に命名していた、ゴリラのように見える「ゴリラ山」の姿がなかった。
あの山には、別の建物が建ってしまったのか?
それとも、高い建物が邪魔して見えなくなってしまったのか?
故郷の景色も少しずつ、変ってきている。
そうやって、散歩したり、テレビを観たりなんかしていると、時間はあっと言う間。
瞬く間に出発の時間が来てしまった。
いつものように、父・パピーと母・マミーと一緒に、家の前で写真を撮った。
パピーとはここでお別れ。
マミーは、バスターミナルまで見送りに来てくれたが、すぐに、バスの出発の時間となった。
あっと言う間。
だが、別れを惜しむ時間がない方が、いいのかも知れない。
ウォーキング効果なのか、今年は、パピーもマミーも元気でホッとした。
来年もまた元気に会いたい。
(死んだ)じいちゃん、ばあちゃん、どうぞ、二人をお守りください!
以上、みちょるびんでした!