こんにちは、みちょるびんです♪
伊丹十三監督作『マルサの女2』(1988年)を劇場で観てきました!(「伊丹十三映画祭♪♪(前編)」)
朝の回に行きましたが、掲示板を見ると、朝も夕方のいずれも満席ってなっていましたよ。
上映開始時間が11時台と17時台という中途半端な時間帯であっても、今日は幸い祝日だから、たくさんの人が観に来やすいからね。
これまでの3作品『お葬式』『タンポポ』『マルサの女』は19時くらいの上映だったから、みちょるびんは水曜日の料金割引デーに観ることができたんだけど、今回の『マルサの女2』に限っては16時代と就業時間とかぶっていたからね。
きっとたくさんの人も同じ悩みを抱えていたんじゃないかと思うし、平日の客入りがどんなだったか気になるところ。
さて、今回のお色気シーンは、これまでと比べるとかなりトーンダウンしていた(「伊丹十三映画祭♪♪(後編)」)。
こんなことを真っ先に言うと、それ目当てで行ったように聞こえ、なんとも具合が悪いのだが、これが真っ先に感じた感想。
意外だった。
今回は、俳優・三國連太郎が脱税をする悪者・鬼沢鉄平の役だったんだが、三國さんはお上品だから激しいお色気シーンNGないのか?
それとも上納された子が15-6歳という設定だったからか?(その役をした洞口依子さんは童顔だけど、当時は23歳だった模様。ホッとした)
『お葬式』『タンポポ』『マルサの女』にあったような荒々しい官能的なシーンがなくなったその代わり(!?)なのか、やたらとパンツ姿の女性が多くて、これで我慢してねって感じがした☆
『マルサの女』の時は気がつかなかったんだけど(いや多分、『マルサの女2』からだと思うんだけど)、主人公・板倉亮子役の宮本信子がノーブラで、しかも、ずっとニット姿には突起があって、’お色気シーンカット’のお詫びの印かとも思ってしまった。
板倉亮子には息子がいるという設定で、『マルサの女』では母親の顔も見せたのに、前作からするとずいぶん女らしさに欠けるがさつな人物になっていた。
彼女が寝ぐせを気にしないのは、仕事に夢中な愛すべきキャラとして描かれていたからだとみちょるびんは思っていたんだが、ブラもしないだなんて女を捨てている!って感じがして、みちょるびん的にはいただけなかった。
しかも、大勢の男に囲まれた職場。
あまりにも無頓着すぎるだろ!!
みちょるびんはなんか、その突起物がすごく気になっちゃって、やたらとお胸が垂れて、しかも左右のバランスが悪く見えた時もあったし、やっぱり役作りのために下に何か装着してんのかな!?と疑って注目していました。
教祖様の役だった女優の加藤治子さんも、ヌードはNGなのか?
裸で滝行している教祖が浴びた水を容器に入れるシーンがあるのだが、その時、豊かなお胸もそのカットの中に映り込んだのだが、おそらくそれは加藤さんのものではなく、きっと影武者のものに違いないのだ。
なんか、どうでもいいところばかりが気になるみちょるびんなのでした。
伊丹監督によると『マルサの女』は入門編なのだそうで、だからそれに比べると、今回の『マルサの女2』はかなり規模が大きくなり、地上げ屋がターゲット。
主人公が属すマルサよりも、悪の手口を描く方に重点が置かれていた感が否めない。
本題に入る前の説明の部分が長いって言うね。
ま、それだけ相手が手強いことを示しているし、無縁の生活をしている一般市民からすると、興味深いことではあるんだけどね。
もしもの時のトカゲのしっぽ切り要員して会社の社長に抜擢されたチビ政(不破万作)は、登場時は黄色のタンクトップを着ていて、たくさんいたチンピラの中にいて、賢そうな感じはしていませんでした。
だけど、その後白いスーツなんかを着こなして、社長業が板についてきて、彼が殺された時はみちょるびん、ちょっと悲しかった。
それだけ役者さんが、魅力的にうまく演じていたんだとは思うけど、一方で、パーソナルカラーも上手く活用されていたんじゃないかと感じている。
つまり、あの役を演じた俳優さんは黄色という色が似合わないんだが、それを逆手にとることで’小者感’を演出したんじゃないか!?
終盤で、水に浮かぶ水死体がちらっと出たんだが、みちょるびんはすぐにあれが誰なのかピンと来ませんでした。
映画の結末を考えると、あれは敵対していた鬼沢鉄平だったんだな・・・ってことにようやく気がついた。
彼も結局、トカゲのしっぽ切りにあったってことね。
最後はなんとも後味悪い終わり方で、続編――リベンジがあるのかな!?って気がしたんだけど、これ以降『マルサの女』の続編は作られていないんだよね・・・。
少々がさつになってしまったとは言え、主人公・板倉亮子の懸命さは好きだし、マルサの女は魅力的。
だから、残念に思う。
以上、みちょるびんでした!