こんにちは、みちょるびんです。
今日も元気に「じーまんGO!」、イッてみよう!
≸多大なる感謝♪≹
☆じーまん・エントリーNo.14☆
ローマ旅行にやって来ていた義妹に、2泊3日で参加させてもらったみちょるびん。
その時の‘もたつきっぷり’ようを「もたついちゃってごめんね!」シリーズにてお届けしました。
さらに、ローマの中央駅で、行く手を阻まれたコンコースと列車乗り場との間に設けられた「仕切り」に対しては、8年前にみちょるびんが体験した苦い出来事が思い出され、引き続き「番外編」としてその時の日記もご紹介しました(「もたついちゃってごめんね! 番外編①」)。
今回、その「番外編」を作成するにあたり、改めて当時の日記を読んでいて、気づいたとでもいうのか、感じたことがありました。
実はあの体験は、みちょるびんに必要なものとして起こったのではなかったか―――。
旅の収支を記した家計簿には、「電車(かつあげ)」っていう風に書かれていました。
‘かつあげ’というのは‘恐喝して金銭などを巻き上げること’を指す隠語だから、正確にはあれは‘かつあげ’ではなかったんだろうと思います。
みちょるびんは‘恐喝’されたわけではなく、ちょっと強情に、チップを要求されただけ。
まあ、こちらの心情的なものもあるので、一応ここでは「ローマ中央駅かつあげ事件」としておきます☆
みちょるびんも、別途お金を要求されることがわかっていれば、のこのこついて行かなかった・・・という思いはありました。
でも、相手に‘時間’を使わせたということは事実としてあり、それに対する引け目もあった。
後になってお金を請求されたことに対し、納得はいかなかったけど、事前に確認しなかった自分にも非があるように感じられたし、雰囲気的にも払わざるを得なかった。
最終的に「NO!」と言えない弱さもあったのだとは思うけど(1ユーロで済まそうと試みたのは‘強い態度’だけどね!)、例えば、そこで押し切ったことで、かえって面倒なことになっても困るわけ。
相手は一人には見えましたが、どこかに仲間が潜んでいることだって十分あり得る。
みちょるびんはその日ローマに到着したばかりで、土地勘があったわけではない。
その日はなんとかうまく乗り切れたとしても、またいずれ中央駅を利用することは避けられないし、その一味がどこからかみちょるびんを監視し、また狙ってくる――復讐されないとも限らない・・・。
総合的に考えると、相手の要求を呑んで、穏便に、あと腐れなく、その場で決着をつけるというのが最善策だったんじゃないかと思います。
だけど、こういうことがあると、こちらとしては急に怖くなるわけです。
街を歩いている人全員が急に悪い人に見え、一人で外を出歩くことが恐ろしく感じられるんです。
一刻も早く安全なホテルに戻って、ずっと引きこもっていたくなる―――。
結局はまた、気を取り直して、観光に出かけましたが。
まだ、日が明るかったということもありましたしね。
さて、その日の夕方、マッサージを受けたいと思い、みちょるびんは少し早めにホテルに戻りました。
しかしその目論みがハズレ、みちょるびんはもう一度、外出しようかなと考えます。
ガイドブックに書かれていた、中央駅の周辺にあるお店を巡ってみたいという希望があったから。
ちょうどホテルが駅に近かったので、出かけやすかったのです。
だけど一旦、外に出かかって、「中央駅では‘あんなこと’もあったばかりだし、無理しない方がいい」と思い直し、部屋に戻りました(「もたついちゃってごめんね! 番外編②」)。
翌朝、みちょるびんは中央駅周辺を散策したのですが、実際に行ってみて、みちょるびんは前日の判断が正しかったことを痛感しました。
街の雰囲気が全然違っており、普通に歩いているだけでも怖い感じがあったからです。
日の高い午前中ですらそうなのですから、暗くなってから訪れる場所ではない、夜に行かなくて良かったと思ったのでした(「もたついちゃってごめんね! 番外編③))。
でもそれって、あの「かつあげ事件」を経験していたから――それが抑止力として働いていたから、行かずに済んだんじゃないかって思うんです。
一般的に「駅周辺は治安が悪い」ということをみちょるびんは知っていましたが、少し軽く考えていたところがあったように思います。
事前にわざわざガイドブックで調べ、実際に行ったほどなのだから、‘お店巡り’に対する情熱が高かったことは間違いない。
普段のみちょるびんだったら、ふらふらと出かけて行ってもおかしくなかったんじゃないか・・・。
だとしたら、怖い思いはしたけれど、さほど大きな実害があったわけではない「ローマ中央駅かつあげ事件」を先に体験していて良かったんじゃないか・・・そんな風に、今になって感じた次第。
もちろんこれは‘こじつけ’とも言える。
でもね、もしかすると、ご先祖様だとかが守ってくれたんじゃないか―――って、今となっては、そんな風にも思えるわけです。
当時は怖かったという思いの方が強かったし、全く、その発想には至らなかった。
旅行話を報告した友達に「イタリア滞在があまり楽しくなかったように聞こえる」と指摘されくらいだしね(「もたついちゃってごめんね! 番外編⑧」)。
みちょるびん得意の‘ラッキー基準’(「じーまんGO!(#11 ラッキー基準)」)の発動ということにもなりますが、やっぱり「むしろ、ラッキーだったのかも知れないな」って、思います。
もちろん、こういう怖い目に遭わないに越したことはないのですが、もっと深刻な悪い事態を避けることができていたのかも知れないって思うと、感謝せざるを得ない。
「お守りいただいた」って感じた時点で、感謝。
‘お守りいただいた’ことを自慢すべきではないと思います。
いかなる時も、謙虚でいなければならない。
だから、「感謝」です。
以上、みちょるびんでした!