こんにちは、みちょるびんです♪
鹿児島旅行最終日(5)。
駐車場でタクシーを待たせ、みちょるびんと母・マミーはそこから少し坂を上って、城山展望台を目指した。
鹿児島市街地にせり出した高さ107mの展望台は、城山公園内に位置している。
城山公園は明治39年に開設された鹿児島市初の公園なんだそうで、遊歩道や林間で遊べるドン広場、鹿児島城の二の丸庭園であった探勝園などがあるんとか。
この一帯は姶良カルデラの外輪山の一部とされ、そのほとんどが火山噴出物のシラスからできているとのこと。
展望台に向かう道は整備されていたが、背の高い木々が周囲を覆い、影を作っていた。
樹齢約400年にもなると言われるクスの木だった。
南の暖かい気候が、植物を大きく成長させるのだろう。
城山公園では約500種余りの植物が密集しているらしく、市街地にありながら南九州特有の照葉樹林を保ち、数多くの野鳥や昆虫が生息する自然の宝庫となっているのだそうだ。
展望台に着いてみると、そこだけ急に視界が良くなり、その正面には桜島が鎮座していた。
絶景とはこのこと!
鹿児島第一の展望と称えられているのだけのことはある。
これまで眺めていた姿とは異なり、鹿児島市越しに見る景色も壮観だった。
雨はすっかり上がり、そこには青空が広がっていた。
みちょるびんが鹿児島に到着した初日は少し曇っていて、目の悪いマミーが言うには、桜島がかすんだようにしか見えなかったのだそうだが、その日、城山展望台から臨む桜島は、マミーの目にもくっきりと映ったようでとても喜んでいた。
澄んだ青い海には、桜島と鹿児島市を結ぶ白い桜島フェリーが行き交う様子も見てとれた(「鹿児島旅行!(7.桜島うどん♪)」)。
カメラの望遠レンズでは、みちょるびんたちが初日に訪問した桜島の「湯之平展望所」や溶岩が滑り落ちてできた崖を確認することができたので楽しかった(「鹿児島旅行!(5.湯之平展望所。)」)。
やって来た甲斐があったというもの。
鹿児島の最後の日に、美しい桜島を目に焼きつけることができて大満足である。
これと言うのも、この旅行最終日の天気予報がずっと雨であったおかげである!
そうでなければ、ギリギリまで指宿に滞在する計画で、この城山展望台訪問は予定には組み込んでいなかったのだ(「鹿児島旅行!(33.JR指宿駅。)」)。
感謝である。
たくさんの観光客が、カメラを向けていた。
みちょるびんたちも、桜島と錦江湾、鹿児島市を背景に写真を撮ってもらった。
これで鹿児島を余すことなく堪能できた。
それからタクシーに戻った。
その日は、その冬一番の冷え込みと言われていて、展望台に設置されていた温度計は5℃を示していた。
実際、長崎などでは初雪が降ったと聞いた。
みちょるびんは、3日前に見た桜島と比べ、山の上の方に白いものが覆っているように感じたので、雪ではないか?という疑問を抱いていた。
それで運転手さんに訊いてみたんだが、あれは火山灰だという返答だったので、ちょっぴりがっかりした。
確かに、あとで写真を拡大してみたら、積雪ではなさそうであった。
地元の人は、雪と火山灰の区別がつくものなんだね!
さて、せっかく鹿児島に来たのだからと思い、タクシーには、麓にある西郷隆盛銅像のところで降ろしてもらうことにした。
そうしたら運転手さん、通り道にあるからと言って、西郷さんゆかりの場所を案内してくれたのだった。
実はこの城山は、「城山と言えば、西郷さん」と言われるほど、西南戦争の激戦地としての印象が強い場所なんだとか。
明治維新の英雄・西郷隆盛をはじめとした多くの薩摩軍将兵が壮絶な最期を迎えたのもこの地であるとのこと。
因みに、更に歴史をひも解くと、城山は14世紀の南北朝時代において、上山氏の居城(山城)であったそうなんだが、江戸時代のはじめには南九州をおさめていた島津氏の居城・鹿児島城の一部となった経緯があるらしい。
そのため、昭和6年に城山公園の一部が「天然記念物及び史跡 城山」として国の文化財指定を、令和5年には「史跡 鹿児島城跡」として、公園全体が国の文化財として追加指定を受けているとのこと。
また、令和元年度に日本遺産「薩摩の武士が生きた町」の構成文化財にもなっているとのことで、とにかくこの城山は、鹿児島にとってとても重要な場所の1つなのであった。
(つづく・・・)
以上、みちょるびんでした!







