こんにちは、みちょるびんです。
(前回までのあらすじ)
入社して最初の数年は、一つの夢も実現し、何の疑問もなく、仕事に励んでいたみちょるびん。そんなある日、占いで「将来、商売を始める」「自分を抑制している」と告げられ、仕事に対し、違和感を感じ始める。学生時代に熱中していた「演劇」に活路を見出し、カルチャースクールの演劇講座を受講。そこで出会ったつるさんに誘われ、新たにダンス教室に通うことになったのだが・・・。
1.後半は即興
そのダンス教室は、確かに、ユニークなものでした。
レッスンの前半は、ストレッチなどしながら体をならし、そのあと、先生が振り付けたダンスを、先生に教わりながら、皆で練習しました。振付は、元々曲の前半部のみしか作られておらず、後半は生徒が自由に踊るというスタイルでした。フリーで踊る前に、その日のテーマを自分で決めて皆に発表し、実際に、そのテーマをイメージしたものを体で表現するといった感じです。ぶっつけ本番なので、まさに即興ダンスでした。
生徒さんは、身体障害者の方と、ダンサー、役者等のプロが中心で、7、8人から15人くらいの人数が参加していました。みちょるびんのようにオフィス・レディ、「業界」でいうところの‘素人さん’と呼ばれる人は、マイナーな存在でした。
2.かの有名な振付師
教室に通い出してからみちょるびんは知ったのですが、先生は実は、テレビCMや歌の振付を多く手掛けられた、著名な振付師でした。先生の作品は、みちょるびんですら知っているくらい、印象に残るものばかりで有名でした。
「プロ」である生徒さんたちは、そういう華やかなキャリアをお持ちの先生のもとに、自身の表現の幅を広げることを目的に集っている、そんな感じでした。その証拠に、プロの方々は、この教室の他にも、クラシックバレーや、日舞、狂言など、たくさんのレッスンを取っていると聞きました。
みちょるびんを誘ってくれたつるさんは、講談師で、ダンスとは無縁の職業のようにも感じられますが、先日の演劇講座受講にもみられたように、やっぱり、ご自分の芸の肥やしになるようにと模索しながら、いろんなことに挑戦されているようでした。
3.ただひたすら吐き出す
そんなわけで、手足がシュっと長く、体も柔らかくて、キラキラ美しいプロの人たちにまざって、体が硬い、ぽっちゃり・みちょるびんも、自分の殻を破るべく、踊り始めました。
みちょるびんは、はじめて耳にする曲であっても、その曲の雰囲気に合わせて踊ることが好きで、学生時代のみちょるびんは、それこそ、体力が続く限り、永遠に踊り続けることができるほどでした。従って、‘適当に踊る’ことは、ちょっとした自分の特技だと思っていたし、ある程度自信があったわけですが、教室に通い出した初めのうちは、思うように体が動きませんでした。
日ごろ運動をしていなかったのも原因の一つですが、教室で求められるダンスは、昔でいうところの、ディスコのそれとは異なるということを、まず、理解していませんでした。即興を始める前に、必ず、テーマを決めさせられましたが、テーマに沿った‘表現をする’必要があり、何でもいいというわけではありませんでした。
しかし、まぁ、それ以前の問題として、みちょるびんは、ずっと自分を抑圧した生活を送っていたので、あれほど演劇部時代に自らを律して鍛錬していた「感じたものを素直に表現する」ということが難しくなっていました。
ですから、最初の頃は、ただただ、鬱積した長年の黒い感情を、ひたすら吐き出すという作業を繰り返すしかありませんでした。
以上、みちょるびんでした!