こんにちは、みちょるびんです♪
学生時代のみちょるびんにはヘンな思想があり(「子供の頃の思い出。(22)」)、かつ怠け者だったから、とにかく勉強しなかったのだが(「子供の頃の思い出。(23)」)、中学校の時に一時的に英語をがんばったことがある。
記事「仕込みの時間」にも、みちょるびんの過去の栄光として紹介したことがあったが、中学2年生の時に、『高松宮杯全日本中学校英語弁論大会』(現『高円宮杯全日本中学校英語弁論大会』)で県代表になって、全国大会に出場したことがあったのだ。
当時、みちょるびんの学校では、その弁論大会には中学3年生が出場するのがお決まりだったのだが、その年はどういうわけか2年生にお鉢が回って来て、みちょるびんが学校を代表することになった。
みちょるびんは決して英語が好きだったというわけではないのだが、入賞すれば、学校を休んで2週間東京に行けるということを知り、ただただ東京に遊びに行きたいという邪な考えでいたのだった。
そういった弁論大会があるということを知ったのは中学1年生の春。
その時からみちょるびんは密かに、それを狙っていた。
だからと言って、みちょるびんのこと。
真剣に英語の勉強に取り組んでいたわけではなかった☆
ある日の放課後、英語の教科書の音読のテストを受けさせられたことがあった。
全員ではなく、限られた生徒を対象としたものだった。
その時みちょるびんは何故だか、そのテストのことを事前に知らされておらず、当日、ぶっつけ本番で臨むことになった。
中には暗記までしてきている者もおり、その差は明らかだった。
みちょるびんは、そのテストで弁論大会に出場する代表者を決めるのだろうと直感していたので、とにかくうまくできなかったことが悔しくて、泣きながら家に帰ったことを覚えている。
自分から話したのか、あるいは娘の異変に父・パピーが気づいたのか!?
パピーは学業には厳しい人だったので、娘がテストを公平に受けられなかった苦情の電話を学校に対して行ったのではなかったかと思う。
結局、その時は他の子が出場したのだが、あいにくその時は成績が芳しくなかったようで、次の大会の時には、別の者が選ばれることになった。
そうして白羽の矢が立ったのがみちょるびんだったというわけ。
みちょるびんが泣いて悔しがったことから、ガッツがあると見込まれたらしかった。
ラッキーだったのは、実は、みちょるびんが出場することになった弁論大会が本命、いわゆるみちょるびんが望んでいたものであったこと。
いろんな偶然がうまく重なったことによって得られた幸運だったと思う。
果たして真っ向から闘って、みちょるびんの実力で獲得できた出場権だったかどうか、はなはだ疑わしい。
だけど、それからのみちょるびんの努力はすさまじかった。
なんせ、5分間の英文を丸暗記せねばならんのだ。
また、本格的な発音や豊な表現力も求められた。
登下校の各20分間は毎日、スピーチの練習にあてた。
過去の学校の実績から勘案するに、先生の言うことを聞いていさえすれば上位入賞できるはずという確信があった。
よくよく考えると、それまで学校が受賞した最高位は第3位だったので、入賞しない危険性もあったかも知れないがね・・・。
いずれにせよ、先生たちを信じて練習に励むうちに、みちょるびんは本当に東京に行けるような気になっていった。
中学2年生は、学年行事として修学旅行が予定されていたのだが、みちょるびんは修学旅行が東京行きの時期とバッティングしていないか心配になり、先生に訊きにいったほどだった。
そうしてみちょるびんは、晴れて県大会第2位に入賞。
東京行きの切符を獲得した。
それからのみちょるびんは、指導してくださった先生たちには申し訳なかったが、スピーチの練習に熱は入らなくなったよね・・・。
だって、みちょるびんの目標は既に達成されていたから・・・。
すんごい不真面目だと思うけど、それがみちょるびんなのさ!
母・マミーから聞いたのだけど、校長先生がみちょるびんのことを怖いと話していたことがあったらしい。
校長先生が中坊を!?って、耳を疑ったけど、どうやら、わき目もふれずに猛突進するみちょるびんの性格に対してそう思われたようだった。
確かになー、全国大会と修学旅行の時期がバッティングすることを心配したあたり、はたから見るとホラーなのかも知れない!?
以上、みちょるびんでした!