こんにちは、みちょるびんです。
みちょるびんが30年くらい前に書いた作文が出てきました!
従妹たちとの間で語り継がれている(?)出来事「バナナ事件」の後編をお届けします(「バナナ事件!(前編)」)。
(前回のあらすじ)
小学生だった田鶴美は、従弟たち数人を率いて、近所の公園で楽しく遊んでいた。そこへ、以前より公園の遊び場を巡って衝突することがあった別の学校の男子グループが乱入してきた。彼らは、田鶴美たちを公園から追い出そうと、園内で禁止されている自転車を乗り回し、嫌がらせを行った。わざと田鶴美たちのすぐ横を自転車で走り、そのせいで飛び散った砂利が、田鶴美の5歳年下の妹、タツ子の額に当たったのだった・・・。
【バナナ事件】(後半)
「ぎゃぁ! 血が出てる!!」
タツ子の額の赤い血を見て叫んだのは、せいちゃんだった。
「血が出てる! 血が出てる!」
せいちゃんは何度も何度も、その言葉を連呼した。
タツ子の周りに集まって来た他の従妹たちも、額の血を見てざわめいた。
‘血’を見るのは、大人であってもいい気はしないが、小学生という年齢では特に、騒ぎになってもおかしくなかった。
男子グループも、血が出ていると言う言葉に青ざめ、何も言わずにそそくさとその場を去ったのだった。
ところが直にまた、今度はサッカーボールを持ってきて、サッカーを始めた。
ヤツらは、どうしても田鶴美たちを公園から追い出したいらしい。
田鶴美たちは、そんなヤツらの思惑がわかっていたので、逆に、自分たちの遊びに熱中して楽しむことで、ヤツらに対抗した。
男子グループは自分たちを無視し、田鶴美たちがあまりにも愉快そうに遊んでいたのがシャクだったと見え、今度はわざと、田鶴美たちに向けてサッカーボールを蹴って、当てようとしてきた。
しかも、弱いタツ子たちを狙ってである。
田鶴美はまたも腹を立て、連中のボス的存在のケンイチと呼ばれる少年の前にずいと出て行った。
「ちょっと、やめてよ! 危ないじゃない。小さい子を狙ったりして、卑怯じゃない!!」
「おまえたちがウロチョロして、邪魔なんだよ!」
ケンイチも黙ってはいない。
田鶴美とケンイチとの間で、しばらく口論が続いた。
もともと田鶴美は口が達者であったし、そもそも連中の方が邪魔をしていて、正当な理由がないのだから、田鶴美の方が優勢であった。
するといきなりケンイチが、田鶴美の腕にガブリとかみついてきた。
ケンイチとしては仲間の手前、田鶴美たちにはどうしても勝ちたかったに違いない。
口ではかなわなかったので、このような形で攻撃に出たのだ。
ケンイチは、女である田鶴美が泣き出すことを期待していたのだろう。
ところが実際に泣き出したのは、田鶴美ではなくせいちゃんだった。
せいちゃんは、田鶴美とケンイチのやり取りを一部始終、田鶴美の背中の陰から見ていたわけだが、どうやらケンイチの暴力が、今度は自分たちの方にまで及ぶんじゃないかと不安になったらしかった。
あるいは口では優位に立っていた田鶴美も、もうかなわないと思ったのかもしれない。
しかし、当の田鶴美は顔色一つ変えていなかった。
それどころか田鶴美は、ケンイチの目から自分の目をそらすことなく、そのまま右腕を差し出したままでいたのだ。
そりゃあ当然、相手は歯が生えているわけだし、そいつにガブリとやられたのだから痛くないはずはなかった。
だが田鶴美は、そういう卑劣な手段に出たヤツの前で、涙など見せたくなかった。
子供の世界では、先に泣き出した方が負けなのだ!
「せいちゃん、泣くんじゃない!」
田鶴美は、せいちゃんに一度だけ視線を移し、厳しくせいちゃんをとがめた。
そしてまた、ケンイチへと視線を戻した。
せいちゃんはますます激しく泣き出した。
ケンイチは田鶴美の腕をくわえたまま、ちょっと困ったような顔をして、田鶴美とせいちゃんの顔を見比べた。
おそらくケンイチ自身も、このような展開になるなどとは予想していなかっただろう。
味方であるはずの田鶴美に睨みつけられたせいちゃんは、何を思ったのか、自分のポケットに隠し持っていた一本のバナナをいきなり取り出し、哀願した。
「これをあげるから、僕たちのことを許して!」
それは、その日の田鶴美たちのおやつにと、皆に配給されたものだった。
せいちゃんは好きなものは後でゆっくり味わいたいタイプだったので、バナナをまだ食べずに残していたのだ。
ケンイチは一瞬、バナナの登場にひるんだ様子だったが、いつまでその状態を続ければよいのか、思案していたに違いない。
ヤツは素早くせいちゃんの差し出したバナナを奪い取り、「お前の顔を立ててやるよ!」と、ようやく口を開いた。
そう言うや否や、駆け出した。
後に残されたケンイチの仲間たちもあわててケンイチの後を追いかける。
ケンイチは、田鶴美たちがもう追いつけそうもないくらいの距離まで走って行くと、くるりとこちらを振り返って「バーカッ!」と叫び、バナナをかじった。
田鶴美たちも「バーカッ!」と口々に叫び、わざと大声で笑ってみせた。
せいちゃんはその後、「バナナと引き換えに田鶴美を売って、敵方に寝返った」と皆に冷やかされることになったが、せいちゃんがその場を収めたことに変わりはない。
結局田鶴美は、せいちゃんに救われたのだった。
この出来事は田鶴美が21歳になった今でも、「バナナ事件」として従弟たちとの間でたびたび話題に上る。
今となっては全く、いい笑い話である。
しかし田鶴美の右腕に、あの時の歯型が未だ残っていようとは、誰も思ってはいまい。
(完)
以上、みちょるびんでした!