こんにちは、みちょるびんです♪
『日本映画専門チャンネルpresents 伊丹十三4K映画祭10作品10連続ロードショー』の第5弾『あげまん』を観ました!(「あげまん!」)
「あげまん」という言葉を世に広く普及したのは伊丹十三監督ですが、同監督作『あげまん』の影響もあってか「あげまん」は女性を指す言葉だと誤った解釈が出回っているように思います。
「あげまん」の‘まん’の語源は「間」(ま)で、「まん」へと音変化――歴史言語学において発音の時間的な変化――されただけのものだから、なにも女性限定ということではないんです(「あげまん!(その2)」)。
それだのに「なぜ‘あげまん’は女性だけを指す言葉なのか!?」などと推考する記事をネットで見かける。
女性の立場が弱いから、男性を持ち上げることでその恩恵に預かり、そうやって上手に生きていくしかないんだ・・・的な、男性の上から目線のもの言いに、みちょるびんは少々腹が立ちました。
反撃、開始します!
ところでその前に、伊丹十三監督はこれとは真逆のことを言っていて、みちょるびんはちょっと驚きました。
劇場でもらった今回の映画祭のパンスレットは(「伊丹十三映画祭♪♪(前編)」)、どうやら映画の公開当時に作成されたチラシ(と考えられるもの)が綴られたもののようで、『あげまん』のページに伊丹監督の考えが書いてありました。
(以下、抜粋)
「日本っていうのは基本的に男が弱い文化です。弱い男が強い男を演じなきゃならない。そこにいろいろ無理があるわけで。そのためにはどうしても女の協力が必要になってくる。アゲマンというのは男を丸ごと受け入れてくれる女。しかもその女と一緒にいると労せずして自分のいい面が出てしまう。そういうのがアゲマンです。」
伊丹監督が自分の作品に、妻であり女優の宮本信子さんを毎度のように主役として起用していたのは、監督が宮本さんの女優としての実力を買っていたからだと言われています。
監督は、自身の作品が大ヒットしたのは、宮本信子さんが果たした役割が大きいというところをちゃんと理解し、彼女に対して頭が上がらない思いでいたんじゃなかろうか。
だから宮本さんは伊丹監督にとっての「あげまん」だったし、「男が弱いから・・・」っていう監督の発言は自分自身と重ねたものだったのかも知れない!?
女性――妻――への感謝が表明されているんだと思います。
他方で、女優としては遅咲きと言われる宮本信子さんを一躍有名にしたのは伊丹監督。
つまりは伊丹監督自身も、言わば宮本さんにとっての「あげまん」なんだと思います。
一方、同じように監督と女優という立場にあった三谷幸喜監督と小林聡美さん元夫妻―――。
伊丹夫妻とは対照的に、この三谷元夫妻は、結婚後、一緒に仕事をしていないんですよね。
さくらももこ著『たいのおかしら』(2003年)に、巻頭お楽しみ対談として三谷幸喜監督が登場しており、「女優を演出する方がいいか、女優と結婚してしまう方がいいか考える」の中で、当時妻であった女優の小林聡美さんとの関係性が語られていました。
三谷監督によると、当時の小林さんは監督に仕事をしている姿を見られるのが恥ずかしかったらしく、彼女の出演する番組の視聴は禁止されていたのだそう。
また、結婚している間は一緒には仕事しない取り決めをしているということでした。
三谷監督としては小林さんを女優として尊敬しているため、自分が書いたものに出てほしいし、演出もしてみたいという希望はあったようで、それは伊丹十三監督と同じ。
だけど、結婚したからそれはもう叶えられない、いつか自分たちがテレビや舞台で一緒に仕事しているのを見ることがあったら、この二人はもう終わったんだと思ってほしいと、冗談を述べていました。
三谷監督が結婚したのは1995年で、その頃にはテレビドラマ『古畑任三郎』がシリーズが放送され、監督は既に売れっ子作家でした。
女優という人に見られてナンボの仕事をしする人が、三谷作品に出ることをためらうことがあるだろうか!?って、みちょるびん的には不思議に思うのですが、好きだからこそ、いろいろなしがらみがあって難しくなるっていうこともあるんだろう。
小林さんは役柄的にさばさばしているように見えますが、実は繊細な方なのかも知れません。
そういう性格だったらなおのこと、結婚が解消されたら一緒に仕事を!だなんて展開にはならなさそうです。
三谷幸喜監督のご活躍は、今や誰もが知るところ。
大林宣彦監督の『転校生』が好きだったみちょるびんは、個性が光る小林さんの作品をもっと見たかったと思います。
伊丹十三監督は女優・宮本信子にとっての「あげまん」だったけど、三谷幸喜監督は果たしてどうだったのか?
あくまでも、女優業というフィルターを通して見た時の話だけどね☆
以上、みちょるびんでした!